茂木社長

マンズワイン株式会社 代表取締役社長茂木 信三郎 さん(3/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、キッコーマン株式会社にて醤油の海外普及に努め、現在は子会社マンズワイン株式会社にて日本ワインの啓蒙に勤しむ、同社社長の茂木信三郎さん。豊富な海外経験を持つ茂木社長ならではの各国での体験談や、日本ワインにおける今後の展望をうかがいました。

ドイツ デュッセルドルフ

わずかな一時帰国

10年間のアメリカ駐在を終えたあとは、日本での1ヶ月間の語学研修を経てドイツはデュッセルドルフに行くことになりました。一時帰国している間は先生についてドイツ語を学んでいたのですが、どちらかというと日本語をしゃべるのが好きな先生でして、あまりしっかりドイツ語を教えてくれなかったですね。だいたいは英語でしゃべって、彼に日本語を教えているうちに、あっという間に1ヶ月が経ってしまいました(笑)。

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茂木社長

マンズワイン株式会社 代表取締役社長茂木 信三郎 さん(1/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、キッコーマン株式会社にて醤油の海外普及に努め、現在は子会社マンズワイン株式会社にて日本ワインの啓蒙に勤しむ、同社社長の茂木信三郎さん。豊富な海外経験を持つ茂木社長ならではの各国での体験談や、日本ワインにおける今後の展望をうかがいました。

千葉県 野田市

キッコーマン発祥の地で生まれて

私が生まれたのは、キッコーマン発祥の地でもある千葉県の野田市です。キッコーマンは来年で会社設立100周年を迎えますが、設立する前からこの地で350年間もの歴史を紡いでいまして、昔から野田は「醤油の町」と言われていました。「野田市の駅でおりると醤油の香りがする」と言われるくらい、野田では醤油が浸透していたんです。まぁ、これは駅の目の前に醤油工場があったからなんですけどね(笑)。

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専務プロフィール写真

アパホテル株式会社 代表取締役専務元谷 拓さん(3/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、独自のスタイルを貫きながらホテル業界で大躍進を遂げているアパホテル株式会社の代表取締役専務、元谷 拓さん。創業家に生まれて家業を継ぎ、今現在に至るまでの体験談や転機となった出来事、今後描いている未来地図についてうかがいました

東京 早稲田

人と人とをつなぐ幸せ

名古屋のサラリーマン生活から東京に戻ってきた私は、ほぼ人脈がゼロでした。学生の時の友達とはなかなか会えないし、かといって東京で新しい繋がりが頻繁に生まれるわけでもないし……どうしたものかと考えて、28歳の時に勉強会を開催しようと思い立ちました。そこで結成したのが「流磨会」という会です。講師の方を呼んできて、ノーギャラで専門分野の話をしていただき、それを50人くらいで聞くんです。そのあと集った人たちが名刺交換をしながら交流を深める……といった会でした。

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アパホテル株式会社 代表取締役専務元谷 拓さん(1/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、独自のスタイルを貫きながらホテル業界で大躍進を遂げているアパホテル株式会社の代表取締役専務、元谷 拓さん。創業家に生まれて家業を継ぎ、今現在に至るまでの体験談や転機となった出来事、今後描いている未来地図についてうかがいました

石川県 小松市

北陸の地で培われたビジネス感覚

私が生まれたのは石川県の小松市です。小松空港がある、金沢に次ぐ第二の都市として知られていますが、10歳までここで暮らしていました。創業家に生まれたわけですが、当時はホテル事業はやっておらず、木造や鉄骨鉄筋の戸建てのハウスメーカーを営んでいました。今となっては開業予定含めホテルを約180店舗まで展開するようになり、決算上は44年間連続黒字経営を続けていますが、我々の原点は注文住宅事業であり、そこからアパグループはスタートしているんです。

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IMGP4033

株式会社綱八 代表取締役社長志村 久弥さん(3/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、大正13年創業の老舗天ぷら専門店を営む『新宿 つな八』の3代目であり、株式会社綱八の代表取締役社長を務める志村久弥さん。新宿の地で確固たる伝統を築きながら、革新的な挑戦をも続ける志村氏ならではの世界観と、それを培った体験談をうかがいました。

フランス パリ

25年来の約束を果たすために

海外出店の目論見もありますが、いつか出店しなければいけない場所がフランスのパリです。私は27歳の時に結婚ましたが、フランスが大好きな奥さんにプロポーズするときに「将来はおまえのためにパリに店を出す」と言って、それから早25年ぐらいが経ってしまいました。なかなか実現しないので、そろそろ三行半を突き付けられるんじゃないかと、ちょっとひやひやしていますが(笑)。でも本気で出そうと思っていますし、実はパリはこれからがチャンスだと感じているんです。

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株式会社綱八 代表取締役社長志村 久弥さん(2/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、大正13年創業の老舗天ぷら専門店を営む『新宿 つな八』の3代目であり、株式会社綱八の代表取締役社長を務める志村久弥さん。新宿の地で確固たる伝統を築きながら、革新的な挑戦をも続ける志村氏ならではの世界観と、それを培った体験談をうかがいました。

三重県 伊勢

人生を変えた研修旅行

そして人生を語る時に、はずせない大切な場所がもう1つありますが、それは三重県の伊勢です。ハンドボール部のOBで東芝に努めている大先輩がいましてね。その先輩に『修養団』という社会教育団体を勧められたのがこの地を訪れたきっかけです。ちょうど20歳ぐらいの時でしょうか。ハンドボールのスランプ時期で関東学生リーグの1部から2部に落ちてしまったことがあり、その時に先輩から「精神的に鍛えられるから行ってこい」と言われたんです。よく分からないままその3泊4日の研修に参加することになり、半信半疑で伊勢まで足を運びました。

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株式会社綱八 代表取締役社長志村 久弥さん(1/3)

『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、大正13年創業の老舗天ぷら専門店を営む『新宿 つな八』の3代目であり、株式会社綱八の代表取締役社長を務める志村久弥さん。新宿の地で確固たる伝統を築きながら、革新的な挑戦をも続ける志村氏ならではの世界観と、それを培った体験談をうかがいました。

東京 新宿

新宿に根差して

つな八は、創業から約90年の歴史を新宿の地で紡いでいて、3代目となる志村家の長男として私が生まれたのも、やはり新宿でした。小さいころからスポーツが好きで、じっとしていることなく外を駆け回っているような少年でした。駆けっこも速く、いつもリレーの選手でしたね。うちはいわゆる「家業」ですし、仕事の場と家との垣根がほとんど無い家庭だったので、生まれた時から店が身近にありました。父親が天ぷらを揚げる姿を常に見ていましたし、魚河岸に出かけていく父を毎朝見送っていました。父が自宅に帰ってくるときにぷんと漂うごま油の香ばしいかおりが、いまでも印象に残っています。

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麦野社長

リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEO麦野 豪さん(3/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。第二回にご登場いただくのは、ポーセリンアートのトップブランドとして知られる『リヤドロ』を日本で率いる、リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEOの麦野豪氏。数々のブランドのリポジショニングを成功させてきた麦野社長の、世界各国での体験談とビジョンをうかがいました。

東京 銀座7丁目

銀座7丁目に根差して

リヤドロのブティックは銀座7丁目にありますが、実はこの場所は昔からとても縁がある場所です。モンブランの時代も、オーデマ ピゲの時代も、拠点は偶然にも銀座7丁目にありましたから。場所で選んでいるワケじゃないですけどね(笑)。今僕がつけているオーデマ ピゲも、7の文字だけダイヤになっているでしょう?裏を見るとGinzaと彫ってある。これは銀座限定モデルとして発売したものなのですが、自分の拠点であり、ご縁がある場所である「銀座7丁目」を刻んでもらったのです。

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麦野社長

リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEO麦野 豪さん(2/3)

『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。第二回にご登場いただくのは、ポーセリンアートのトップブランドとして知られる『リヤドロ』を日本で率いる、リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEOの麦野豪氏。数々のブランドのリポジショニングを成功させてきた麦野社長の、世界各国での体験談とビジョンをうかがいました。

シンガポール

人生の転機となるヘッドハンティング

3年間の駐在生活が終わり、帰国して元々いた部署に戻ったのですが、その直後に社長直轄のプロジェクト室が立ち上がり、選抜メンバーとしてそこに配属することになりました。「これからの時代ITやメディアや通信という新しい分野で商社が勝負をしなくてはダメだ」ということで、ベンチャーの発掘や育成に携わっていました。

そうこうしているうちにヘッドハンターから誘いがあって、シンガポールまで話を聞きに行きました。そこでアメリカの会社の新規事業の立ち上げに参画しないか……と誘われて、最初の転職を決めたんです。そこは、本社がアメリカのシカゴにある会社だったのでご縁を感じたんですよね。この出来事を皮切りに外資の会社でブランドや事業の立ち上げをするという仕事にシフトしていくわけです。

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麦野社長

リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEO麦野 豪さん(1/3)

『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。第二回にご登場いただくのは、ポーセリンアートのトップブランドとして知られる『リヤドロ』を日本で率いる、リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEOの麦野豪氏。数々のブランドのリポジショニングを成功させてきた麦野社長の、世界各国での体験談とビジョンをうかがいました。

台湾 新竹市

経済の急成長のさなかで過ごした幼少時代

私は台湾に生まれまして、12歳まで台北の70km南に位置する新竹というところで育ちました。新竹というとまさに「台湾のシリコンバレー」と言われているところで、今ではITや科学技術の中心都市となっているところです。当時は日本よりも20~30年遅れて、経済が急成長しているさなかでした。幼少のころは、家の前の道路がまだ舗装されていなく、牛が歩いていて、家電も全く充実していなかったのですが、あっという間に自宅に電話が来て、テレビが来て……というように生活環境が急激に変わっていったのを覚えています。たぶん日本にいる60~70代ぐらいの方の幼少期と同じような時代を過ごしている感覚だったでしょうね。

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