麦野社長

リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEO麦野 豪さん(1/3)

『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。第二回にご登場いただくのは、ポーセリンアートのトップブランドとして知られる『リヤドロ』を日本で率いる、リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEOの麦野豪氏。数々のブランドのリポジショニングを成功させてきた麦野社長の、世界各国での体験談とビジョンをうかがいました。

台湾 新竹市

経済の急成長のさなかで過ごした幼少時代

私は台湾に生まれまして、12歳まで台北の70km南に位置する新竹というところで育ちました。新竹というとまさに「台湾のシリコンバレー」と言われているところで、今ではITや科学技術の中心都市となっているところです。当時は日本よりも20~30年遅れて、経済が急成長しているさなかでした。幼少のころは、家の前の道路がまだ舗装されていなく、牛が歩いていて、家電も全く充実していなかったのですが、あっという間に自宅に電話が来て、テレビが来て……というように生活環境が急激に変わっていったのを覚えています。たぶん日本にいる60~70代ぐらいの方の幼少期と同じような時代を過ごしている感覚だったでしょうね。

とはいえまだまだ田舎ですので、ごく普通に自然に囲まれた暮らしを送っていました。いまも「人間と自然は切りはなすことができないもの」と常に思っていますが、その考え方は、幼いころの新竹での体験によるものなのかもしれません。12歳の時、東京にやってきた時は、まるでタイムスリップしたような気分で、「なんて進んでいるんだろう!」と驚いたことを覚えています。

アメリカ ロサンゼルス

父親からのプレゼントが、海外への視野を広げる

海外に目を向けるきっかけとなったのは、高校生の時に体験したアメリカのロサンゼルスでの短期留学です。留学は父がプレゼントしてくれたのですが、それはそれは衝撃的な体験でした。一か月間、ホームステイをしていたのですが、ホストファミリーはごく一般的な家庭にもかかわらず、テニスコートやプールがついた大きな家に住んでいて……。ライフスタイルの豊かさをまざまざと見せつけられ、それ以来ずっとアメリカに行きたいと思うようになりました。当時はまだ、そうした「物質的な豊かさ」に強いあこがれをいだいていたんです。いずれにせよ、この出来事は今後自分が海外を拠点とするブランドと多く関わっていくようになる、起点となったのではないかと思っています。

日本 東京 赤坂&青山

社会人としてのスタート

大学は吉祥寺の成蹊大学に行きましたが、あまり勉強に熱心なタイプの学生ではありませんでしたね。どうしてもアメリカに行きたかったので「休学して留学したい」と父親に頼んだのですが、「そんなの、卒業して働いて自分で行け」と言われ、「それもそうだな」と納得していました。そこで、とにかくアメリカに行ける会社に行こうと思い、赤坂にある「トーメン(現:豊田通商)」という商社に入ることにしました。色々な部署があったのですが、面白い制度があって、入社時に行きたい部署の希望を出せたんです。会社が強かったのが、穀物油脂などを扱う食糧部門だったので、「少しでもアメリカに行く道に近づけるなら」と、迷わずそこを志望しました。

入社したのが1988年のまさにバブルの最中、ちょうどその年に、日本でも牛肉やオレンジの輸入自由化が決まり、「これからは牛肉がいい商売になる」ということで、会社もますます勢いづいていきました。この出来事は今のTPPよりも衝撃的で、商社がこぞってアメリカに牧場を買ったりしていましたね。そんなわけで会社はとても盛り上がっていましたが、業務自体は結構大変でした。当時はまだ「年功序列」の意識が残っていましたから「入って3年は奴隷」と揶揄されるほどで、上司や先輩のもとで気を遣いながらガツガツ働く生活を続けなければいけませんでした。

会社と大学院を往復する日々

アメリカに行きたいという思いを胸に抱きながら、仕事に励む日々を送っていましたが、こうした年功序列の強い企業環境の中で、アメリカに行く機会をただ受身で待つことに物足りなさを感じるようになりました。そして、グローバルに活躍するためのビジネスのスキルをしっかり身につけ、自分の力で挑戦したいという思いが湧いてきたんですね。ちょうどその頃、青山大学の大学院がビジネスマンのためのMBAがとれるコースを開設したので、一念発起して入試を受けて……なんとか入学することができました。そこで商社に行きながら大学院に通う生活がはじまったわけです。普段は会社でハードな仕事をしながら、夜や土日を勉強に費やすというめちゃくちゃ大変な生活でしたね。でも頑張って大学院に2年半通って、卒業と同時にアメリカ駐在が決まりました。

アメリカ シカゴ

念願のアメリカ駐在が決定

そして念願のアメリカへ行くことになったのですが、当時としては最短コースで、会社の中でも最も若い時期に駐在がきまったんですね。実は、会社に「暗黙の了解」がありまして、「駐在員は妻帯者でないといけない」ということになっていたんです。奥さんがいて、掃除や洗濯をやってくれて家を守ってくれていたほうが仕事に集中できるから、ということでしょうね。しかし、私は独身だったので、アメリカに行く前に結婚しなければと、上司からたくさんお見合いのハナシをいただいたのですが……「そんなの、いいよ」と全部断って、独身のままアメリカのシカゴに発ちました。

大充実の駐在生活

実際に行ってから良く分かったのですが、独身で行ってよかったです。ひとり身はすごく気楽でしたし、そこで色々なコミュニティーを作ることができました。奥さんや子供がいたら、奥さんの生活や子供の教育で色々悩むこともありますし、仕事が終わってからの時間も結局上司や会社関係の人たちと日本人だけで飲んだりするので、あまり日本にいる時とやっていることが変わらなかったりするんですよね。でも、自分は独身だったので、大好きなアメリカを思う存分に体験しました。仕事柄、ネブラスカとかアイオワとか、牛がいっぱいいるところにばかり出張していたんですが、そういうところって、日本人が全くいないんです。だから現地のアメリカ人たちとばっかりつるんでいましたし、そこで英語もだいぶ上手になりました。シカゴには3年間いましたが、アメリカ駐在時は毎日楽しくて楽しくてしょうがなかったですね。


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つづく