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アパホテル株式会社 代表取締役専務元谷 拓さん(1/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、独自のスタイルを貫きながらホテル業界で大躍進を遂げているアパホテル株式会社の代表取締役専務、元谷 拓さん。創業家に生まれて家業を継ぎ、今現在に至るまでの体験談や転機となった出来事、今後描いている未来地図についてうかがいました

石川県 小松市

北陸の地で培われたビジネス感覚

私が生まれたのは石川県の小松市です。小松空港がある、金沢に次ぐ第二の都市として知られていますが、10歳までここで暮らしていました。創業家に生まれたわけですが、当時はホテル事業はやっておらず、木造や鉄骨鉄筋の戸建てのハウスメーカーを営んでいました。今となっては開業予定含めホテルを約180店舗まで展開するようになり、決算上は44年間連続黒字経営を続けていますが、我々の原点は注文住宅事業であり、そこからアパグループはスタートしているんです。

幼少の頃の実家の記憶というと、週末にファミリー客を対象に実家で仮面ライダーやゴレンジャーのようなキャラクターショーを開催していたことです。イベントを開催しながら、お越しいただいたファミリー向けに住宅の宣伝をしていたんですね。そんな環境の中育っていたので、小さいころから、無意識のうちに実家のビジネスに触れる機会は多かったと思います。

恵まれた食文化の中で

北陸は何と言っても魅力的な食材の宝庫でして、食生活にはとても恵まれていました。小松に『中佐中店』という鍋焼きうどんの専門店があるのですが、そこは創業者である父親の昔からの行きつけで、自分もよく食べに連れて行ってもらいました。太麺と細麺が混ざったような手打ちの麺を煮込んだ鍋焼きうどんなのですが、うどんを食べた後は、ごはんを入れてたまご雑炊にするんですよ。で、最後は抹茶のアイスで締めるというお決まりの内容なのですが、これがとても美味しくて……。もちろん、今でも営業していますので、小松に行く機会があったらぜひ行ってみて欲しいです。あとは焼肉の『味道園』もイイ店でよく通っていましたし、思い出の名店を挙げるとキリがありません。

今年のあたまに、知人の社長さんに頼まれて、私がオススメする北陸グルメを巡る『ぶらり途中下車の旅』みたいなツアーを企画したこともあるのですが、なかなか好評でしたよ。当社も温泉ホテル含め北陸に10軒の施設を経営していますので、いらっしゃる機会があったらぜひお泊りいただいて、地元の食文化を堪能してほしいですね。

石川県 金沢市

アパホテル第1号誕生と共にはじまった新生活

10歳の時、初のホテル事業となる、アパホテル第一号が金沢にできました。それを機に金沢の武家屋敷というところに代表が家を建てまして、そこへ引っ越して、小学校5年から高校3年まで暮らしました。代表は時代の流れを先取りして読むことに長けた人でしてね。その頃には分譲住宅が流行ってきていましたので、戸建ての注文住宅というよりは、分譲マンションへと当社の業務内容もシフトしていったんです。こうして、ホテルとマンションの両輪で事業展開をしていくことになりました。

ホテルやマンションができると、人が集い、施設の周辺の店が潤い、街が活性化しますよね。ですから、ホテルやマンションを造ることは、実はとても社会貢献度が高いことなのです。非日常の空間を提供する「ホテル」と日常生活に寄り添う「マンション」は、いずれも人生の最終目的である『良い暮らし』につながるものであり、それらをご提供することが我々の使命だということを代表は当時から口にしていました。

アメリカ ニューヨーク

初めての海外生活

父は好奇心が旺盛で海外が好きだったので、昔から父に連れられて色々なところに行きました。おそらく父は世界80か国は回っているのではないでしょうか。自分は20数か国ほど行きましたが、特に印象に残っているのは中学2年の時にホームステイで訪れたニューヨークです。日本人とドイツ系アメリカ人のハーフのご家庭に1カ月間滞在し、日本にはない異文化体験を色々とさせてもらいました。

アメリカならではの食文化を体験したり、憧れのヤンキースタジアムを訪問したりと、もちろんいい思い出も沢山ありましたが、ニューヨーク滞在中に初めて人種差別を感じた体験もよく覚えています。セントラルパークの公園内で売っているホットドッグ屋に並んでいたんですが、私以外は皆1ドルでホットドッグを買っているんですよ。なのに、自分だけ黄色人種だからか3ドルを請求されて、とても疑問に思ったことを覚えています。どんなに売り手に交渉しても3ドルを譲らないので、納得がいかなくて……悔しいので結局そのホットドッグは買いませんでしたけどね。このとき、世界では人種差別が当たり前のように行われているんだということを、はじめて実感しました。

東京都 八王子

念願の中央大学へ

高校卒業後は指定校推薦で八王子にある中央大学に入りました。どうしてここに入ったかと言うと、実は大学を「学食」で決めたんですよ(笑)。これだから体が大きくなったのかもしれませんが……。高校時代に兄が「巨人戦のチケットをとったから東京ドームにいこう」と誘ってきたので喜んで東京旅行を決めたのですが、兄と母が結託していて、フタをあけてみれば「東京の私立大学を見学させる」というツアーだったんです。そこで、早稲田、慶應、立教、学習院など……いわゆる有名私立大学をすべて見てまわったのですが、なんだかピンとこなくて。そんな中イメージがピタッと合ったのは中央大学だったんです。自然豊かで、16万坪という広大な敷地があり、車で大学に通えて、そして何よりも学食がとても美味しい……。それで、しっくり来たんですよね。

宅建取得に向けて

念願かなって中央大学に入学できたのですが、自分で言うのもなんですが……とてもまじめな学生でしたね。1年の時は宅地建物取引士の資格を取るために高田馬場にある専門学校に週3回ぐらい通っていましたし、とにかく勉強ばかりしていました。中央大学は他校よりも田舎にあり、誘惑が少ないからか、資格試験に強いと言われているんですよ。私も運よく1年生のうちに宅建の試験に合格することができました。受かったときは嬉しかったですね。代表からも「兄より先に宅建をとりなさい」と言われていたので、それが果たせてとにかくホッとしました。弟が先に資格をとったので、兄にとっても少しはいい起爆剤になったのではないでしょうか。宅建を取得してからは、大学での時間を大切にしながら、野球サークルなんかにも顔をだしていましたね。

学食の思い出

もちろん、大好きな学食にも毎日のように通いました。『ヒルトップ』という名前の食堂だったのですが、1000円あれば朝・昼・晩と充分な食事が食べられるという魅力的なところでしたね。どれもみな美味しかったのですが、チキン南蛮定食やカレーライスがとくに印象的です。あと1Fに「トムボーイ」というファーストフードがあったのですが、そこのソフトクリームも何故だかとても美味しかったです。

そんな懐かしの場所が、思いがけないところで仕事に繋がったりするもので……実は、中央大学の学食でも私が作った「アパ社長カレー」を採用いただいたことがあります。昔ここでカレーを食べさせてもらっていた自分が、カレーを提供できるようになるなんて、ちょっと感慨深い気がしています。前職の北陸銀行の行員食堂にも社長カレーは置かせてもらっていて、昔のご縁がこういうところで活きるんだということを感じています。


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APA GROUP

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つづく