田中社長プロフィール

株式会社電算システム 代表取締役社長執行委員COO田中 靖哲 さん(1/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、総合型情報処理サービス企業として確固たる地位を築いている「株式会社電算システム」代表取締役社長執行役員である田中靖哲さん。岐阜を拠点に世界に向けて展開するオンリーワン企業に導く手腕に迫ると同時に、それを培った経験談をうかがいました。

岐阜県 幸ノ町

活気ある町に生まれ育って

私が住んでいた幸ノ町というところは、隣の長住町と併せて町全体が総合卸売市場として知られているところで「長住町の市場」として古くから親しまれていました。岐阜内外から買出人が集まってきて、とても活気あふれる街でしたね。両親は塩干品の仲卸業をやっていましたので、私も市場の風景の中で常に暮らしていました。父親は、朝の3時4時に起きてセリに行きます。そのあと、買ってきたものや店の中のものを道沿いに出して並べると、それらを小売人が買いに来ます。市場が終わる昼すぎには片づけて……といったことをよく手伝っていました。

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茂木社長

マンズワイン株式会社 代表取締役社長茂木 信三郎 さん(2/3)


>『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、キッコーマン株式会社にて醤油の海外普及に努め、現在は子会社マンズワイン株式会社にて日本ワインの啓蒙に勤しむ、同社社長の茂木信三郎さん。豊富な海外経験を持つ茂木社長ならではの各国での体験談や、日本ワインにおける今後の展望をうかがいました。

千葉県 野田

初任給でワインを

晴れて社会人になり、キッコーマンに入社し、野田本社にある総務部経理課に配属されました。実は初任給で初めて親父にプレゼントしたのがワインだったんですよね。社会人になるまではキッコーマンでワインをつくっていることすら知りませんでしたが、日本では「赤玉ポートワイン(現赤玉スイートワイン)」のような甘いワインが既に浸透していました。ですからこの時はあえて、フランスの本格辛口ワインを親父と飲みたいと思ったんですよね。

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茂木社長

マンズワイン株式会社 代表取締役社長茂木 信三郎 さん(1/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、キッコーマン株式会社にて醤油の海外普及に努め、現在は子会社マンズワイン株式会社にて日本ワインの啓蒙に勤しむ、同社社長の茂木信三郎さん。豊富な海外経験を持つ茂木社長ならではの各国での体験談や、日本ワインにおける今後の展望をうかがいました。

千葉県 野田市

キッコーマン発祥の地で生まれて

私が生まれたのは、キッコーマン発祥の地でもある千葉県の野田市です。キッコーマンは来年で会社設立100周年を迎えますが、設立する前からこの地で350年間もの歴史を紡いでいまして、昔から野田は「醤油の町」と言われていました。「野田市の駅でおりると醤油の香りがする」と言われるくらい、野田では醤油が浸透していたんです。まぁ、これは駅の目の前に醤油工場があったからなんですけどね(笑)。

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専務プロフィール写真

アパホテル株式会社 代表取締役専務元谷 拓さん(3/3)


『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、独自のスタイルを貫きながらホテル業界で大躍進を遂げているアパホテル株式会社の代表取締役専務、元谷 拓さん。創業家に生まれて家業を継ぎ、今現在に至るまでの体験談や転機となった出来事、今後描いている未来地図についてうかがいました

東京 早稲田

人と人とをつなぐ幸せ

名古屋のサラリーマン生活から東京に戻ってきた私は、ほぼ人脈がゼロでした。学生の時の友達とはなかなか会えないし、かといって東京で新しい繋がりが頻繁に生まれるわけでもないし……どうしたものかと考えて、28歳の時に勉強会を開催しようと思い立ちました。そこで結成したのが「流磨会」という会です。講師の方を呼んできて、ノーギャラで専門分野の話をしていただき、それを50人くらいで聞くんです。そのあと集った人たちが名刺交換をしながら交流を深める……といった会でした。

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専務プロフィール写真

アパホテル株式会社 代表取締役専務元谷 拓さん(2/3)


>『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。今回登場していただくのは、独自のスタイルを貫きながらホテル業界で大躍進を遂げているアパホテル株式会社の代表取締役専務、元谷 拓さん。創業家に生まれて家業を継ぎ、今現在に至るまでの体験談や転機となった出来事、今後描いている未来地図についてうかがいました

東ヨーロッパ

海外で改めて感じた日本の良さ

大学生時代、海外に出かけることもありましたが、東ヨーロッパ5か国を巡った体験は、日本の良さを再認識したという面でとても印象的な旅でした。テレビ局の招待ツアーだったのですが、代表が忙しくて行けないために、自分が行くことになったんです。ルーマニアやチェコなどを回りましたが、歴史的背景も複雑で、物乞いがいたり、車にいるだけでモノを売りつけられたリ、食べ物が口に合わなかったり……大学生の自分にとっては正直結構つらい体験でした。西に行くにつれて食べ物が美味しく感じられるようになりましたけどね(笑)。

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麦野社長

リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEO麦野 豪さん(1/3)

『私の地図帳』は、様々な分野で活躍するリーダーにインタビューし、地図を参照しながら人生の軌跡を追っていく波瀾万丈伝です。第二回にご登場いただくのは、ポーセリンアートのトップブランドとして知られる『リヤドロ』を日本で率いる、リヤドロジャパン株式会社の代表取締役社長 兼 CEOの麦野豪氏。数々のブランドのリポジショニングを成功させてきた麦野社長の、世界各国での体験談とビジョンをうかがいました。

台湾 新竹市

経済の急成長のさなかで過ごした幼少時代

私は台湾に生まれまして、12歳まで台北の70km南に位置する新竹というところで育ちました。新竹というとまさに「台湾のシリコンバレー」と言われているところで、今ではITや科学技術の中心都市となっているところです。当時は日本よりも20~30年遅れて、経済が急成長しているさなかでした。幼少のころは、家の前の道路がまだ舗装されていなく、牛が歩いていて、家電も全く充実していなかったのですが、あっという間に自宅に電話が来て、テレビが来て……というように生活環境が急激に変わっていったのを覚えています。たぶん日本にいる60~70代ぐらいの方の幼少期と同じような時代を過ごしている感覚だったでしょうね。

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